昨日、上野 国立科学博物館で開催されている。
「失われた文明 インカ マヤ アステカ展」を観に行った。
三文明合わせて、10数箇所の世界遺産に登録され、
謎の多い 高度な文明を出土品等から紹介する展覧会で
いろいろと興味深く、考えさせられるものであった。
なかでも、今まで全く理解が出来なかった"生贄"という風習?が大変興味深かった。
アステカ文明では、王に仕える兵士
「ワシの戦士」「ジャガーの戦士」が、民族間の戦いを繰り返し、
負けた者達の捕虜を生贄にし、その文明が恩恵を受けている自然の神に対してその生命を捧げる。
勿論、戦いは王の権力を拡大するもので、暴力的なものである事は言うまでもない。
しかし、その戦いは我々(彼達)が生きている世界は、自然(神)の恩恵を受けており、
その恩恵に対する共存の意識は、もっとも重いであろう同種の生命を渡す事により対等なものとし、
願いを叶えてもらう為の代償としている。
その戦いは、そのリスクをどちらが果たすかを決定する為の戦いなのだ。
彼らが、神とする太陽をはじめとする自然の神は、様々な形で人々に恩恵を与え、災害を巻き起こす。
神から与えられているものが多い人類は、関係が対等でない為、このような災害が起こるのだと思う。
それによって、人類は神である自然に、その代償として活力ある生を与えるのである。
敗れし者は、恩家を受けている自然との関係を果たす為に自らの命を捧げる。
そこには犬死には無く。
自らの命によって、文明全体の命に代える死なのである。
これはあくまでも、私の想像であって
もっと残忍で、おぞましいものなのかも知れない。(戦争だからね)
しかし、死ぬ事さえも正当化されない死程、
残酷なものは無いように思える。
現代の戦い(戦争)は、僕にとって犬死にであると思われずにいられない。