東野祥子・カジワラトシオ さんを観にリトルモアへ。
不思議なもんで、
”引っ越した後に、
少し前まで住んでいた部屋が気になって、見に行ってみたら、
もう別の人が住んでいた。”
時に感じたような違和感が。
「へー、ここにテレビ置いたんだ〜…。」
みたいな。。
わはは、変なの。
偉そうにね。
とにかく、
今日は、コッチ側にイル。
これまで何度も、いろいろな場所、舞台で公演しましたが、今までなかった感覚です。
きっとそれだけ、あの場所に愛情を持ったのだなあ、と。
うん、あれは愛だ!
愛だった。
主な劇場は、
ある意味、白いキャンバスのようにプレーンで、パブリックな場所を与えてくれるのでしょう
が、リトルモア地下という劇場は普通とちょっと違う。(色、形だけの話じゃなく…)
だから、あの場所でしか出来ない事を、みんなしようとするし、
リトルモア地下も、それを全て、させようとしてくれます。全て。
今日の舞台は、到底、私には逆立ちしても届かない、人間離れした芸術パフォーマンス!
光と音の泉から、ドロドロした時間がいつまでも溢れ出てきて止まらない。
無機物たちが”作品”になっていく経緯。
道具から作品へ。
状態が作品へ。
細かいモチーフが舞台上に、どれも並列にちらばっていて、それがとてもワクワクさせてくれたし、楽しかった。
おこがましい事を承知で言えば、東野さんという方をもっとちゃんと見たかったです。
”届かない”というのは、
私はどうしても、人間から離れられない、今は離れたくないから。
今は、人が見たいのです。