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〈a-bridge〉代表 http://www.a-bridge.jp

「20世紀の子供達よ、何もせずして21世紀を迎えられるか!」と一念発起し、a-bridgeを立ち上げる。
2004年より三軒茶屋に拠点を移し、アーティストを食い物にしないリアルギャラリーを、カフェ・バー・ラウンジのような空間にて展開中。Chelsea Films BLOGもどうぞ。

2007年3月アーカイブ

title: 宇都宮 クウチャリズモ カフェ

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今週の水曜日、休みを利用して宇都宮に出掛けた。
MUKU Magazine02の取材の為、宇都宮にある、素晴らしい空間に。

クウチャリズモ カフェ

元銀行ビルをリノベーションさせた。4階にカフェ、3階に雑貨店、地下階にミニギャラリーを併設している。
そのカフェのオーナー鈴木さん、滝沢さんに会いに行った訳である。
共に似た境遇である為、今後の発展的な話から、軽い愚痴まで、様々な話をした。
考え、感じている事は同じであって、大事にしたいもの、メッセージは共通のものであった。
その辺りを、今回のマガジンでは伝えていきたいと思っています。

とても、素晴らしい場所です。
ゆっくりとした時間の流れる空間。
温かい木漏れ日の様な温度のスタッフの皆さん。
美味しい珈琲。
一度行ってみて下さい。
きっと リラックス出来ると思います。

ムジカリズモ+クウチャリズモ
http://musicarismo.com/
〒320-0802 
栃木県宇都宮市江野町10-13 栃の木地所ビル3F、4F

title: ラッパー! 一発!! ぶっぱなせぇー!!!

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原曲のレコード有りませんか?

title: MUKU Magazine02 編集記

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現在、MUKU Magazine02の編集に追われ、アプアプしております。
今回のMUKUのテーマは、「PUBLIC」。
人々が手軽に、触れられ、感じられるモノだからこそ、
軽く扱ってはいけない事、モノ、意識について語られております。
先日も、滋賀県彦根市にいる我々の同志。
Project.Eの太田伸氏に会いに行ってきました。
今回の、特集で取材させて頂きました。内容は、マガジンでお楽しみ下さい。
こうやって、いろんな場所に行かせて頂いて、
様々な想いを持っている方々と、お会い出来る事を大変有り難く思っております。
そんな関係性が、我々の伝え、育んでいきたいものなのです。
皆さんの力を頂き、MUKU Magazineは発行されます。
4月には、皆様の手元に渡せると思いますので、
是非、お楽しみに!


photo 藤川哲宏

title: 夫婦円満の必需品

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お正月に、母親のうちに遊びに行った際に、こんなものを紹介された。

"ルンル"

一部の方々は、もうご存知だと思いますが、舘家夫婦円満の必需品であります。
以前までは、週2ペースでマッサージに通い、一回につき5000円も支払っていた。
結構な出費である。
仕事柄、肩こり、腰痛が酷く。
お互いに余裕も無いから、マッサージしてくれ!と片方が言えば、片方が拒否する。
険悪 極まり無い状態に、夫婦喧嘩が絶えませんでした。
だったら、少々出費がかさんでも、お互いが気持ち良くなった方がいいという事で、
しょっちゅうマッサージに行っていました。
そんな事もあり、母から紹介されたルンルは6000円という微妙な値段でありながら、
僕にとってはマッサージ1回分のイメージしか無い。
即買!
お互いがお互いのコリの部分を、この器具を使って撫でるだけ!
たった30分で、ラクチン コリ解消!
うちの夫婦円満、優しい気持ちは、ルンルでもたらされています。

因に、名前の"ルンル"何故"ルンルン"でないのか、
それは、やってもらう人に対する敬意のもと"ン"を消したと、勝手に解釈しています。

title: 10年ぶりの友人

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日曜日の朝、突然電話が鳴った。
僕的には朝だったが、世間的には昼なんですけども。
携帯のメモリーに入っていない番号、しかも寝起き。
テンションは、推測して頂けるように最悪の状態。
電話の向こうでは
「舘、オレ、オレ、元気か?」
誰だ、誰だかさっぱり判らない。
「俺だよ。土橋だよ。」
土橋というキーワードを頂戴しても、思い出すまでに時間がかかった。
「おうっ!土橋君か!元気!」

彼は僕が東京に出てきて間もない頃。
芝浦にあったCLUBで働いていた時の友達で、誰にでも優しい男だった。
ある時の週末、2000人以上の集客があった日、
店内のミネラルウォーターが全部無くなってしまった時の事。
彼は、徐に空ボトルに水道水を入れ、お客さんに差し出した。
お客さんは、「これ、水道水でしょ!」と、突っ込みを入れるが、
彼は平然と「ううん、ボルビックだよ!」と、爽やかに返した。
余りにも爽やか過ぎて、お客さんが、御免なさいした事があるぐらい。爽やかな男である。
彼は、それから直ぐに、地元の鳥取県米子市(地元じゃなかったっけ?)で、お店を出す為に東京を離れた。
十数年前に、僕が、米子に遊びに行った時、以来かも知れない。

お互い、近況を報告し合いながら、テンションが上がっていった。
前に、地元が米子というお客さんに、米子に友達がいて、
お店を経営している事を伝え、名前を出した時。
米子は彼が動かしている的な、話を聞いた事がある。
その噂通り、彼は沢山のお店を経営する経営者になっていた。
「そうか、舘も同業者になったんか!」と、嬉しそうに言い。
また、これを機に昔みたいに交流が出来たら良いね。とメールまで頂いた。
昔のイメージのままの優しい男だった。

今回の電話は、携帯アドレスを整理していて、久々に僕の名前を発見し、
直ぐさま電話をしたという事。
善は急げ!考えるな、感じろ!
その行動力は流石。
また、いずれ酒でも飲みながら昔話をしつつ、これからの話をしたくなる仲間が出来ました。


昔、彼と一緒に働いていたCLUB。

title: ああ、エキセントリック少年ボーイ

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歌う人が違うと、こんなに違うんですね。

title: ステージはっぷう

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もう7年も前の事になるのだろうか、
まだ僕の兄が、地元四日市でOR..というラウンジバーをやっていた頃の事。
三重県で開催された"PARK"というイベントに参加したのは...
その少し前、僕は麻布十番にあったラウンジバーでイベントを開催するようになり、その時の仲間達と次なるステージを模索していた。
そんな時に話を貰ったそのイベントに、我々は気持ちを高ぶらせた。
そして、それからの半年間、僕達は、何度も打合せの為に三重県に行き、その土地の方々と意識を深め合った。
イベント自体は、決して成功したイベントでは無かったかも知れない。
しかし、今現在の三重県との関係性で考えてみれば、成功と呼ばれるイベントであったのかも知れない。
そのイベントが開催された場所は、鈴鹿山脈の御在所岳の麓にある「ステージはっぷう」という野外半ドームステージで、下見に行った際、オーナーの諸岡サンに一度お会いした事がある。
オーナーは、ご自身で石を積み上げ、出来る事は全て自身でコツコツと毎日のように制作しており、我々が伺った際も、一人でショベルカーに乗り作業をされていた。
我々は自己紹介をし、半年後に、この場所で開催されるイベントに参加する事を告げ、様々な、お話をさせて頂いた。
中でも、印象に残った言葉が
「この場所に、文化が生まれ、育み、根付く場所を作りたかった。」という言葉である。
僕の親父と同じぐらいの世代の方から、そんな言葉がかえってくるとは想像がつかなかった。
そして、僕達をより熱くしてくれた事を、今でも覚えている。

昨年9月に、久々のイベントを三重県の仲間と合同で開催した。
そして、3/31にそのイベントは "Bonjour Party"と名前を変え、定期的に開催されるイベントとなった。
そんな中、「夏は野外で!というよりも、ステージはっぷうでイベントがしたい!」
そんな声がIBBのNOBUからあがり、
僕達は、久しぶりに、あの山の中に異彩を放つドームの存在を思い出した。
様々な教訓を胸に、各方面からの協力を頂けるよう、"Bonjour Party"のスタッフ、イベンターDJ、近郊の同士達に話をし、より具体的にイベントを開催しようと準備をはじめた。
オーナーの仰られた。「この場所に、文化を築く。」のお手伝いをしようと!
しかし、何度電話をしてもオーナーと、連絡がつかなかった。毎日のように電話をしても...
或る時、町の観光課の方に、オーナーの現在の連絡先を聞いてみた。
そして、その時に、オーナーが数年前にお亡くなりになられている事を僕は聞かされた。
周りをしっかり整えておけば大丈夫!と思っていた僕は、
いつでも、快くその場所を提供してくれるオーナーの存在を後回しにしていた。
ショックだった。
そして、僕の中では勝手に、弔いの気持ちに変わった。
町役場の観光担当の方々とお話をし、定期的にこの場所で文化イベントを開催しようと訴えた。
観光課の方々も熱心に話を聞いてくれた。そして、協力をしてくれた。
我々は観光課の方々に、現在ステージはっぷうを事実上管理されている奥様の連絡先を伺い、資料を持参し三重県まで行った。
しかし、結果は、無惨に散った。
今現在は、あの場所を提供する意思が無い事、現状が荒れている事などが、理由のようだった。
そして、少し迷惑そうだった。
残念ながら、我々は、ご主人の意思をくみ、文化をあの場所で継承する事が出来なかった。
しかし、今でも、朽ち果て、荒れてはいるが、その山の中に、ステージはっぷうは存在する。
まだ、あの場所に文化は生まれ得るかもしれない。
いや、生まれる事を信じている。

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