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ステージはっぷう

もう7年も前の事になるのだろうか、
まだ僕の兄が、地元四日市でOR..というラウンジバーをやっていた頃の事。
三重県で開催された"PARK"というイベントに参加したのは...
その少し前、僕は麻布十番にあったラウンジバーでイベントを開催するようになり、その時の仲間達と次なるステージを模索していた。
そんな時に話を貰ったそのイベントに、我々は気持ちを高ぶらせた。
そして、それからの半年間、僕達は、何度も打合せの為に三重県に行き、その土地の方々と意識を深め合った。
イベント自体は、決して成功したイベントでは無かったかも知れない。
しかし、今現在の三重県との関係性で考えてみれば、成功と呼ばれるイベントであったのかも知れない。
そのイベントが開催された場所は、鈴鹿山脈の御在所岳の麓にある「ステージはっぷう」という野外半ドームステージで、下見に行った際、オーナーの諸岡サンに一度お会いした事がある。
オーナーは、ご自身で石を積み上げ、出来る事は全て自身でコツコツと毎日のように制作しており、我々が伺った際も、一人でショベルカーに乗り作業をされていた。
我々は自己紹介をし、半年後に、この場所で開催されるイベントに参加する事を告げ、様々な、お話をさせて頂いた。
中でも、印象に残った言葉が
「この場所に、文化が生まれ、育み、根付く場所を作りたかった。」という言葉である。
僕の親父と同じぐらいの世代の方から、そんな言葉がかえってくるとは想像がつかなかった。
そして、僕達をより熱くしてくれた事を、今でも覚えている。

昨年9月に、久々のイベントを三重県の仲間と合同で開催した。
そして、3/31にそのイベントは "Bonjour Party"と名前を変え、定期的に開催されるイベントとなった。
そんな中、「夏は野外で!というよりも、ステージはっぷうでイベントがしたい!」
そんな声がIBBのNOBUからあがり、
僕達は、久しぶりに、あの山の中に異彩を放つドームの存在を思い出した。
様々な教訓を胸に、各方面からの協力を頂けるよう、"Bonjour Party"のスタッフ、イベンターDJ、近郊の同士達に話をし、より具体的にイベントを開催しようと準備をはじめた。
オーナーの仰られた。「この場所に、文化を築く。」のお手伝いをしようと!
しかし、何度電話をしてもオーナーと、連絡がつかなかった。毎日のように電話をしても...
或る時、町の観光課の方に、オーナーの現在の連絡先を聞いてみた。
そして、その時に、オーナーが数年前にお亡くなりになられている事を僕は聞かされた。
周りをしっかり整えておけば大丈夫!と思っていた僕は、
いつでも、快くその場所を提供してくれるオーナーの存在を後回しにしていた。
ショックだった。
そして、僕の中では勝手に、弔いの気持ちに変わった。
町役場の観光担当の方々とお話をし、定期的にこの場所で文化イベントを開催しようと訴えた。
観光課の方々も熱心に話を聞いてくれた。そして、協力をしてくれた。
我々は観光課の方々に、現在ステージはっぷうを事実上管理されている奥様の連絡先を伺い、資料を持参し三重県まで行った。
しかし、結果は、無惨に散った。
今現在は、あの場所を提供する意思が無い事、現状が荒れている事などが、理由のようだった。
そして、少し迷惑そうだった。
残念ながら、我々は、ご主人の意思をくみ、文化をあの場所で継承する事が出来なかった。
しかし、今でも、朽ち果て、荒れてはいるが、その山の中に、ステージはっぷうは存在する。
まだ、あの場所に文化は生まれ得るかもしれない。
いや、生まれる事を信じている。


コメント (1)

かおり:

私達家族もこのステージはっぷうにはいろんな思い出が沢山あります。子供たちは学童保育を通し夏休みに何度となく足を運び”じんえさん”にいろんなことを教わりました。
山から竹を切ってきて流しそうめんをしたり、木を集めてきてもらって小屋を作ったり、冬にはしめ縄作りを教えてもらったり・・・
そしてある春の心地よい風の吹く日、花見をしている中突然の別れがきました。
まだまだ”じんえさん”には教えていただきたいことが沢山あったのに・・・とその頃まだ小4だった娘もガックリしていました。
でも確実に”じんえさん”は私達の心の中で生き続けていますよね!
世代を超えてみんなに愛されている”じんえさん”って
やっぱりすごいよね!!

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